<11>

 


「アズラエルの企みは知っていたか?」
「うん・・・嫌でも本人から聞かされたよ・・・」
「聞いてもいいか?キラが嫌でなければ、だが」
「嫌・・・、嫌だけど、僕が知ってることで、あいつに罪が与えられるなら・・・」
アズラエルのしたことは決して許せない。
自分の犯した罪を自分で受け止め、それなりの対価を払って貰わなければキラはいつまでもアズラエルの手から逃れられないと思う。もう、目をつぶっても怖くない日々を送りたかった。

「僕の本当の父親はオーブの首相であるウズミ・ナラ・アスハ。生まれてすぐにヤマト夫妻に預けられたんだ。お父さんとお母さんを殺したのはあいつ。アズラエルはオーブの実権を得たい為だけに二人を殺したんだ・・・。僕はアズラエルから逃げた。そしてプラントに来てイザークに拾われて今に至る」
キラは簡潔に分かりやすく、自分でもまだ信じていない部分まで話した。
今でもキラは自分の両親がヤマト夫妻だと信じている。父親であるハルマと母親であるカリダ以外に、肉親はいらない。オーブの首相であろうと、どれだけ偉くても、関係ない。

僕はキラ・ヤマトのままでいい。その名前以外、知らない。
オーブに帰りたいとも思わない。ミリィたちには会いたいけれど、オーブで暮らしたいとは思わない。オーブにいた最後があんな悲しい思い出なら、戻りたくない。
それに・・・イザークがいるから。イザークが許してくれる限り、イザークと一緒に暮らしたいから。僕はプラントにいたい。


「キラ、肩に力を入れすぎだ」
イザークの手がキラの肩に置かれる。その手は華奢なキラの肩をすっぽりと包み込んで、キラを安心させた。
「キラの言うとおりアズラエルはキラを手に入れてオーブの政権を握るつもりだったのだろう。キラを手に入れたとしても上手くいったかどうかは分からないがな。オーブの獅子もそこまで馬鹿じゃない」
「そうだよ・・・。僕なんて、ほとんど関係ないのに」
「いや、アスハ首相は確かにヤマト夫妻が亡くなられてことに気付くのが遅れたらしいが、キラがプラントにいることを知っていた。ヤマト夫妻が生存している間、時折連絡を取っていたらしい。突然連絡が取れなくなって、慌てて調べたそうだ」
「えっ・・・?」
「俺と一緒に暮らしていることも知っていた。直接電話で母上が話して聞いたのだから間違いない」
「そう、なんだ・・・」
「『キラが幸せだと思う場所にいてくれたら私も嬉しい』、首相からの伝言だ」

今、いらないと思ったのに。アスハなんて知らない、関係ないと思っていたのに。
それなのに・・・胸が苦しくなった。
キラは涙を隠すように俯いた。

「覚えていないか?昔、尋ねられたこと・・・」
イザークの言っている意味が分からなくて、キラは涙を堪えて顔を上げる。


「『お父さんとお母さんが好きかい?』」
いつものイザークの口調と違う。誰かの真似をして声に出していた。その言葉に、キラは聞き覚えがあった。まだ小さくて、何も知らなかった幸せな日々。
あぁ・・・確かあの頃はまだ月に住んでいたんだ・・・。あの日は公園の桜が満開で凄く嬉しくて、アスランをつき合わせて遅くまで遊んでいたっけ・・・?僕の投げたボールをアスランが取りにいって、急に一人になって・・・。
突然、知らないおじさんに聞かれたことだ。その時、僕は何て答えた?
『大好き!だって僕を好きって抱きしめてくれるの!』
あの時のおじさんは・・・。ニコニコしていて人の良さそうなおじさん。今思うととてもじゃないけれど首相には見えない。


「思い出したか?」
「あの人、が・・・・・・?」
「オーブの獅子ウズミ・ナラ・アスハは昔、お前に会いに行ったことがあるらしい。もちろん素性は隠して。わざわざ月までお忍びで行くところは凄い行動力だな」
「でも、何も・・・」
「言える訳がないだろう。お前の幸せそうに笑う顔を見てしまったら、真実は自分の中に留めておくはずだ。どんな理由があったとしてもキラを手放したのは自分なのだからな」
コーディネーターとナチュラルの間に亀裂が入りかけて、キラは民間人へと預けられた。一般のコーディネーターとして平和に暮らせるようにと。政治の道具にはならないようにと。
「キラの両親は紛れもなくヤマト夫妻だ。だが、関係ないと言えばきっとアスハ首相は悲しむのではないか?血の繋がりは真実なのだからな」
戸惑うキラの髪の毛を撫でながら、イザークは目尻に溜まった涙を吸い取る。その行為をキラは素直に受け止め、イザークの腕に抱かれ温もりを味わう。

「・・・イザーク。俺が見ていると分かっていてやっていないか?」
「・・・あぁ、まだいたのか」
「・・・・・・おい」
キラを助けたときと同じような状況に、ディアッカは自分の存在って・・・と虚しくなる。
イザークにこき使われても一緒にいる俺ってかなり我慢強くね?

ディアッカがうな垂れる間に、イザークはキラに全ての情報を話し終えていた。
「じゃあアズラエルはプラントと手を組むつもりだったんだ?」
「あぁ。今の議長はシーゲル・クラインだが、穏健派で平和主義だ。だからアズラエルの会談に応じることはない。それをアズラエルも理解していたのだろう。だから強硬派であるパトリック・ザラに密談を持ち掛けた。もちろんキラを手に入れてオーブを思うがままに操れると踏んでの行動だろうな」
そんな簡単に進むような話ではないと、どうして気づかなかったのか。
権力に目をくらませた男が、キラの両親を死に追いやったのだと思うと、イザークは今からでもアズラエルの居場所へ向かって殴ってやりたくなる。

「アスランは・・・・・・どうなるのかな?」
「幼馴染みだったか?」
「うん・・・。ずっと会っていなくて、この間久しぶりに再会したんだけど・・・。お父さんに連れられて一緒にいるだけなら、アスランは罰を受けたりしないよね?」
「詳しいことは母上に聞かなければ分からないが、あの時のあいつの様子からすると・・・アスランは何も知らされていないはずだ」
あの時、キラがアスランと再会した時、イザークから見てアスランのキラへの想いはすぐに気付いた。キラを想うイザークだからこそ、簡単に気付いた。
パトリック・ザラからアズラエルの話を聞いていたならば、あいつは黙っていなかったはずだ。自分の想うキラがアズラエルの計画として使われると知っていたならば、何か行動を起こしていただろう。自分の好きな女がそんな目に合うと分かっていて、何もせずに静観しているような奴じゃない。
大学で出会った時、キラに近い位置にいるイザークに対して射殺すような視線を向けていた。

「良かった・・・。父親のせいで自分まで罰を受けることになったらアスランが可哀想だ。アスランは何も悪くないのに・・・」
「自分の父の過ちに気付かなかった後悔はするだろうが・・・自分を縛るものがなくなって清々しているかも知れないな」
親の作ったレールの上を生きる人生よりは楽しいだろうさ。婚約の話も破談になるからな。
その分・・・キラに手を出さないようにしっかり見張らなければならないが。
イザークは何となくこの先の未来図が思い浮かび、キラは絶対に手放さないと心から誓った。






キラの心配事が減って安心して急に睡魔が訪れた時。
「エザリア様がお戻りになられました。エルスマン様もご一緒です」
キラが通路ですれ違った女性からそう伝えられ、すぐにエザリアとディアッカの父親であるタッド・エルスマンが部屋へと入ってきた。二人の表情に厳しさは残るものの暗さはない。
その様子からは成果は上々だったのだろう。
「キラちゃん、無事でよかったわ!」
息子であるイザークを押しのけて厳しい顔つきを緩めたエザリアはキラを抱きしめて、その無事を喜んだ。押しのけられたイザークはソファの肘立てに額を打ち付け、エザリアに文句を言う前にダメージを喰らっていた。
文句を言っても仕方がないことはすでに今までの経験から分かっていたが、キラを助けた本人としては横から手柄を掻っ攫われた気分になる。

「エザリア様!?」
いきなり抱きつかれてキラはエザリアの腕の中で焦る。
「他人行儀な呼び方をしなくても良いのよ?母と呼んで欲しいと何度も言っているじゃない」
「あ、え・・・でも、あの・・・」
「さぁ」
「あ・・・お義母様・・・?」
「そうよ、キラちゃん。本当に無事で良かったわ。何もされていないかしら?怪我はない?」
キラの頬を両手で包み込み、エザリアは顔を近づける。イザークと良く似た顔に、キラは何となく照れくさくて目を伏せた。
「はい・・・。心配かけてすみませんでした・・・」
しんみりとした空気に、イザークは渋々ながらもキラをエザリアから取り返すのを諦めた。そのジュール親子の上下関係に、エルスマン親子は同じように含み笑いをしている。
ウザさが親子二代で、倍増だ。
イザークはディアッカに向けて側に置いてあった分厚い本を命中させることで鬱憤を晴らした。



まだ結婚の『け』の字すら出てもいないのに、エザリア一人が先走ってキラから母と呼ばれることにウキウキしている。そして戸惑いながらもエザリアの腕の中ではにかんだ笑みを浮かべるキラに、イザークは何も口出ししなかった。
キラが幸せならば、何も言うことはない。



 


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